| 昭和22年 7月 | 初代会長 藤木 幸太郎株式会社藤木組設立、資本金195,000円 本店の所在地:横浜市中区北仲通2丁目15番地 |
| 昭和22年11月 | 商号を『藤木企業株式会社』に改称 |
| 昭和23年 2月 | 作業部創設(のちに船内部と改称)船内荷役作業を開始 |
| 昭和24年 6月 | 名古屋営業所 開設(現(株)フジトランスコーポレーション) |
| 昭和25年 1月 | 本社社屋を現在地に新築 |
| 昭和25年10月 | オール商会とランディングシッピング・エージェント契約を結び元請分野へ進出 |
| 昭和26年 2月 | 東京営業所を開設 |
| 昭和26年 8月 | 港湾運送事業法の施行に伴い一般港湾輸送・船内荷役・沿岸荷役・はしけ運送の各事業登録を行う |
| 昭和26年12月 | 貨物自動車運送事業の免許を受ける |
| 昭和27年 2月 | 運輸部を創設 |
| 昭和27年 9月 | 名古屋営業所の業務一切を委譲し『藤木海運』を設立 |
| 昭和28年 5月 | 業務部を分離して、日本郵船・三菱倉庫・藤木企業の三社の共同出資で『三協運輸株式会社』を設立し、一般港湾運送事業・はしけ運送事業・税関貨物取扱人業を委譲 |
| 昭和28年 7月 | 『株式会社ジャパンポートサービス』(現(株)ポートサービス)設立 |
| 昭和28年11月 | 船内部東京港作業所を港区芝浦に開設 |
| 昭和30年11月 | 藤木幸太郎社長『全国港湾荷役振興協議会(略称全港振)』会長に就任 |
| 昭和32年 4月 | 本社社屋新館が完成 |
| 昭和32年 6月 | 石油販売業(みなと石油の前身)開始 |
| 昭和38年 2月 | 新免許制度による船内荷役事業(京浜港2種第1号)沿岸荷役事業(京浜港4種第2号)の事業登録を受ける |
| 昭和39年 3月 | 川崎港において輸出入乗用車の運搬作業を開始 |
| 昭和39年 4月 | 倉庫業の免許を受ける |
| 昭和40年 7月 | 船内部東京港作業所を分離し、『藤木荷役株式会社』を設立 |
| 昭和41年 4月 | 藤木幸太郎社長『勲四等(瑞宝章)』に叙せられる |
| 昭和41年 8月 | 取締役会長に藤木幸太郎、取締役社長に大久保秀雄、取締役副社長に藤木幸夫が就任する |
| 昭和42年 4月 | 本牧埠頭D突堤に市営ガントリークレーンが設置、9月より初コンテナ船が就航 |
| 昭和42年 7月 | 創立20周年記念日を迎え記念式を挙行 |
| 昭和43年 3月 | 千葉における一般区域貨物自動車運送事業の免許を受ける |
| 昭和44年 4月 | 運輸部を分離独立し『藤木陸運株式会社』設立 |
| 昭和46年 8月 | ストラドルキャリヤー1号機購入 |
| 昭和46年10月 | 我が国初のラッシュ船ゴールデンベア号が入港その作業を当社で行う |
| 昭和47年 3月 | 沿岸部トヨタ埠頭作業所を開設、トヨタ自動車販売(株)の車輛専用船積作業を開始 |
| 昭和47年 9月 | 本牧埠頭A1倉庫の運営開始 |
| 昭和48年 6月 | 船内部本牧オペレーションセンターへ進出、本牧埠頭地区を中心とする船内荷役作業の手配を合理化 |
| 昭和49年 7月 | 大井埠頭NYKターミナルにおいて輸出貨物のハンドリング荷役を開始 |
| お台場埠頭6号バース完成に伴い三菱倉庫(株)・三協運輸(株)両社の取扱で作業を開始 | |
| 昭和49年10月 | 東京15号埋立地に木材専用埠頭が完成、輸入木材の本船直結ランディング作業を開始 |
| 昭和49年11月 | 横浜金沢木材港が開設され接岸本船の木材ランディング作業を開始 |
| 昭和51年12月 | 大黒埠頭L−3バース及び直背後上屋が完成、三菱倉庫(株)、三協運輸(株)両社の取扱で同埠頭における作業を開始 |
| 昭和52年 7月 | 創立30周年記念日を迎え記念式を挙行 |
| 昭和53年 1月 | 本社新社屋落成式挙行する |
| 昭和53年 4月 | 株式会社みなと輸送設立 |
| 昭和53年11月 | 創立30周年記念事業の一環として『みなとのおやじ』藤木幸太郎伝を刊行 |
| 昭和54年 4月 | 大黒埠頭『C−1コンテナターミナル』開設、当社荷役作業を開始 |
| 昭和54年 7月 | 藤木自動車整備株式会社設立 |
| 昭和55年11月 | 取締役会長 藤木幸太郎88歳逝去される |
| 昭和56年 3月 | 大黒埠頭『C−2コンテナターミナル』開設、当社荷役作業を開始 |
| 昭和56年10月 | 故藤木幸太郎会長一周忌法要、銅像除幕式を行う |
| 昭和56年12月 | 東京支店ビル完成 |
| 昭和57年 4月 | 神奈川倉庫事業協同組合、作業を開始 |
| 昭和58年 3月 | 大連第一次研修団来社 |
| 昭和60年 7月 | 港湾運送事業法の一部改正により京浜港第1号の港湾荷役事業免許を取得 |
| 昭和61年 7月 | 『藤木荷役(株)』社名変更し『藤木港運(株)』となる |
| 昭和62年 4月 | 藤木グループの保険部門として(株)フジキインシュアランス設立 |
| 昭和62年10月 | 旅客輸送部発足 |
| 昭和63年 9月 | 横浜エアーサービス株式会社設立 |
| 平成元年 2月 | 株式会社ケーニクスコーポレーション(現(株)ヨコハマ・スコーレ) |
| 平成 4年 2月 | 三協運輸(株)USAクリアフレート社を買収 |
| 平成 4年 7月 | 創立45周年記念日を迎え記念式を挙行 |
| 平成 4年10月 | 故藤木幸太郎会長生誕100年を記念 劇画”ロマンロード”『海と港と男の物語』を刊行 |
| 平成 5年 2月 | 大黒埠頭『C−3マースクターミナル』開設、当社荷役作業を開始 |
| 平成 5年 3月 | 船内事業部・沿岸事業部を統合し、新たに本牧港運事業部、大黒港運事業部を設ける |
| 平成 6年11月 | 大黒埠頭『C−4NYKターミナル』開設、当社荷役作業を開始 |
| 平成 7年 2月 | 阪神大震災被災地神戸港の港湾労働者10人が当社に出向、港湾作業に従事する |
| 平成 9年 6月 | 旅客輸送部を独立させ『シティアクセス株式会社』を設立、一般貸切旅客自動車運送事業の営業権を委譲する。 |
| 平成13年 4月 | 藤木企業株式会社と藤木港運株式会社が合併 |
| 大黒埠頭『C−3マースクターミナル』が南本牧MC−1・MC−2への移動に伴い、名称を南本牧マースクターミナルとする |
